Ads by Google

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)

フリーダカーロに刺される目

 2009-07-21
R0023954.jpg
「メダリオンをつけた自画像のストラップをつけた携帯電話」 2009 個人蔵

メキシコ20世紀絵画展 世田谷美術館

フリーダカーロの作品は一度どうしても見たかった。たとえ世田谷美術館に1点しか展示されていなくても。

「メダリオンをつけた自画像」(1948)の中のフリーダカーロは白い衣装を身にまとっている。これは結婚式のドレスだそうだ。しかし、実際の彼女の結婚式ではこのドレスを着てはいないという。

この絵画を制作しているとき、夫は、他の女性と関係を持っていたという。

なぜ、彼女はこの白い衣装を来た自分を描いたのか、という謎。

白い服。死装束?

ミステリアスなオーラが漂う。

絵画の右上にあるサインは血の赤で書き付けられている。

目には3粒の白いしずくのようなものがある。涙なのか?

胸にぶら下げたメダリオンには鳩が描かれる。これは平和への祈り。

まっすぐこちらを見つめる目に飲み込まれてしまう。

もっと作品が見たい。

名古屋の某雑居ビルに潜む

 2009-07-05
R0023395.jpg

人気も無い、車もあまり通らない。雑居ビルが並ぶ名古屋のある通り。
目当てのギャラリーが見つからない。

R0023399.jpg

だってこんな古い雑居ビルの中にまぎれているんだもの!!!

ここは名古屋市のギャラリーフィールアートゼロ。
すてきな空間、すてきなスタッフ、すてきな展示。
打って、走って、守って、イチローのようなギャラリー?

今回はモチヅキミチヒロ氏の展示会(詳細はネットサーフィ〜ンで調べてね)。

すてきな女性が詳しく教えてくれる。(ふんふん、望月氏はすごい人だ)。
次回の企画についても教えてくれる(えっ加守田章二の展覧会をやるって!)
最近の旅行について教えてくれる(内田鋼一氏らとエジプトに行ったって!)
他の名古屋のオススメのギャラリーをたくさん教えてくれる(優しい!)

てなことで、名古屋に行ったらフィールーアートゼロ。
ちなみに2階には雑貨ショップ、3階には古道具&カフェ、4階はギャルソンなどを扱うファッションブティック。雑居ビルの中にユニークな価値観が雑居しています。

仕事の名古屋出張で前のり、行けて良かった。ホテルへと向かう帰りに押してもらったギャラリーに入る。

「こんちはー」というと「ひさしぶりー?」って、1回も着たことがありませんよー、というと、あれそうだっけーと、気さくなおば様とやりとり。しばらく談笑して帰る。
ひつまぶしをかっ込み、「サラリーマンは辛いぜ、自由をくれー」を思いつつ、熱いお茶を飲む。


ルーシーリー展、2つのみどころ

 2009-04-15
「数が少ないぞ」。
六本木の美術館で開催されているルーシーリー展に行って来た。率直な感想は、ずいぶんとルーシーリーの作品が少なく残念だった。肩透かしを食らった。

目玉作品がポスターになっているピンク色の作品くらいしかなかった。あれでは、ルーシーリーの魅力は十分に伝えられていない。うつわのフォルムや生地の深い色合いなど、十分にわからない。なぜ、これほど作品が集まらなかったのか疑問が残る。
だが、陶製ボタンはかなり充実していた。見たことのない形、色がずらりと並び、とても興味深かった。イッセイミヤケの服に付けられて展示されているのもなかなかよかった。だが、メインの展示が寂しい。

しかし、それでもこの展覧会には価値があった。まず、ルーシーリーのインタビュー映像が見られるということだ。轆轤を回す姿、花瓶の口と胴体を接合する瞬間など、未知なる発見があった。特に、窯から作品を出す、いわゆる「窯出し」がすごい。次から次へと、お宝が出てくる感じ。ルーシーが最深層にある作品を取り出すために、落っこちそうになる姿はこっけいだが、いとおしい。そう、映像の彼女は、85歳(75歳?)というおばあちゃんなのだ。65歳まで、バーナードリーチが認めなかったため、作品が売れず十分な収入でなかったというレポートがあったが、これはすごいことだ。なんという制作欲、そして生命力。非常に感銘を受けた。作り続けるというその行為が何より重要なのだと思った。

そして、この展覧会のもうひとつの価値は、ガンペールという優れた木工作家に出会ったことだ。ぼくは、1番最初に見られる硝子越しにある木のうつわに心を打たれた。それは、高台が小さく、天に向かって口が広がっていく大きなうつわ。形ははシンメトリーではなくわずかにゆがむ。生地は、木目こそ際立っているが、ゆがむ形のせいか均整の取れた流れではなく、内側にはふしのようなものがあり、一部木目の流れを破壊している。
これは、日本の信楽焼き、もしくは伊賀焼きと共通する美意識で作られていると直感した。つまり、形はゆがみを愛で、肌合いは自然に任せるという美意識。無垢の木は乾燥すると、自然とゆがんでくる。ガンペールも作品を削った後、最後はその自然のゆがみに任せるという。信楽・伊賀の思想を木工で実現している。とかく、自然を人間が制圧するという伝統が地盤のヨーロッパの作家が、このような自然に任せるという東洋的な感覚でモノづくりしていることに驚いたが、そもそも単純にそのうつわの美しさに感動してしまった。そもそも単純にうつわの美しさに感動するという経験が最近なかったので、新鮮だった。

だが、やはりルーシーリーの小ぶりな椀が欲しいのだった。一体、いくらなんでしょう。

ルーシーリー展によせて

 2009-03-31
ルーシーリー展が六本木で開催されているようだ。ぼくはまだ見ていない。
イッセイミヤケさんがキュレーションしたようだ
そういえば、このまえ取材先に向かうとき、青山のイッセイミヤケのショーケースの中には開かれたルーシーリーの図録がこちらを向いていた

しかし、ルーシーリーと書いてみたものの、果たしてどれだけ彼女は認知度があるのだろう
どっぷりルーシーリーにつかっているぼくは、もう客観的な判断が不可能になっている

一時期、熱心に作品集を集めた
いまでは絶版になっている写真集もいくつか所有している
実際の作品も美術館を見て回った

いまでこそルーシー熱は平温に下がったが、優れた陶芸家は?と問われれば、その候補のひとりはルーシーリーである

ルーシーリーの魅力は何か
教科書的でつまらないが、そのフォルムだ
陶芸をしたことがあって、ルーシーリーを知っている人は、一度はそのフォルムを再現してみるものだ
できあがったものは、そこそこ美しいフォルムをしている
フォルムの美のヒントをそこでつかむわけだ

そういうフォルムをそのまままねしている陶芸作家をみかけると
ははん、ルーシーファンなのね、と心の底で思う
それは侮辱ではない、共感である

作家としてルーシーの模倣は罪?
ぼくは否、と言いたい
それぞれのルーシーへの愛の表現があるはずだから
ぞっこんラブ、ルーシー、うつわをつくりましたーといった感じである
見逃そう

さて、4年前の栃木、蔵の美術館でひっそりと、すばらしいルーシーリー展が開かれたことをご存知だろうか。
ご存じない方にレポートしたい。

栃木県栃木駅、徒歩15分程度のところに「蔵の美術館」というものがある。正式名称ではない。その一体は、歴史的に「蔵」がたくさんあるところで、その美術館は古い蔵を改装したものである

石造りだったと思うが、中にはいると、ずいぶんと空気がどっしり重くしんとしていた。
ほとんど見学者はおらず、1人、ルーシーリーの作品とじっくり向かう機会を得た。

そこには、数十点のルーシーリーの名作がずらり展示されており、小さな高台から天井へと緩やかに花開くうつわや、あの口元が広い花瓶など、よく写真集に載っている作品が多く展示されていた。ルーシーリーの生きてきた順序どおり、作品が見れるようになっていて非常に興味深かった。彼女はバウハウス系デザインをベースにした感性があり、、オーストリアからイギリスへと移って作陶した。バーナードリーチのようなセントアイブス的田舎ではなく、都会で作品作りを行っていたようだ。モダンな作家である。

初めての本格的なルーシー体験はいまでも覚えている。
陶器の肌をよく見ると、実は何色かの粘土が練りこんであって、ぼんやりとしたグラデーションになっていることがあった。実は、形だけでなくて深い色味や肌の素材感が不思議な魅力をかもしだしていることがわかった。

ただ一点、バーナードリーチに手ほどきを受けたという作品が、個人的につまらなく、彼女の個性を大きく抑制していた。

彼女は、晩年、若い男子?ハンスコパーと一緒に作品を作っていた
ハンスコパーの作品もあり、その不思議な形をしたオブジェはなかなかよかった

蔵を出ると、ずいぶんと空が明るかった気がする。夏だった。
そのころは、今の生活から考えれば時間が無限にあって、本当にどうしようもない、退屈な日々を過ごしていた。1人、栃木駅へと帰る間、本当に何もない町で、唯一の賑わいは駅前のマクドナルド。高校生がたむろしていた。彼らはきっとこの町の若者であるだろう。だが、ルーシーリーがこの町で展覧会を開いていることは知らないと思う。けれどその感じが、なんだかよりいっそう高校生たちを輝かせて(文化だの、美術だの、陶芸だの、気取ってないでとにかく欲望のまま生きることの美しさのようなものを感じた)、一方、イギリスのうつわはひっそりと洞窟の奥に眠る宝石のように思えてきて(すぐ近くにあるのに誰も気付かないというミスマッチのミステリアスさ)、その二つが絡まりあわない、なんかそんなよくわらからない感じが、後味をよくしたことを覚えている。

黒田泰蔵、銀座に凱旋

 2008-12-06
taizo2.jpg

黒田泰蔵小品展が銀座の聊娯亭(りょうごてい)で開催された。
なぜ小品?
ともかく想像していたよりもそれはずっと小さかった。

形のバラエティーはいくつかあった。円盤のような皿(皿のような円盤かもしれない)、大中小の筒、ピラミッド型、そして極めつけが上の写真、穴が閉じられたうつわ。これうつわでないのです。上部に穴は開いていないので、何かをいれるうつわではないのだ。

ぼくはそれに対面して、なんか変な気持ちになった。これは一体なんなのだろう。ボウルだったら欲しいのにとも思った。

taizo1.jpg

上の写真はギャラリーの方にもらったDMなのだが、このうつわのようでうつわでない何かがDMの表紙になっている。これは「うつわとの決別」と考えるのは、すこし深読みしすぎだろうか。

八木一夫の「花瓶をつくっていて、最後にその口を閉じてみたわけです」、とかなんとか。何かの本でそのようなことが書いてあったことを思い出してもいた。

DMにははっきりこう書かれている。「工芸からの脱却を試み、はや2年。ファインアートに昇華した黒田泰蔵作品は…」。

この文章の意味するところが、日常の食器の生産中止だとすれば、ひとつの優れた老舗食器店が廃業したということと同等の意味だ。それも、型もなく、継ぐ人もなく?

ぼくは、黒田泰蔵の食器をほとんど持っていないが、これは、1人の陶芸家が人生をかけたデザインだ。低速轆轤という極限まで美意識に配慮したデザインは、ぼくは、食器のひとつのスタンダードデザインだと思う。もううつわは作らないのか、真相は不明だが、黒田泰蔵小品展には感動と、どこか不思議な寂しさが入り混じったのは、そういうことだったのかと、今書いていて思った。
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫ 次ページへ ≫