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黒田泰蔵、銀座に凱旋
2008-12-06

黒田泰蔵小品展が銀座の聊娯亭(りょうごてい)で開催された。
なぜ小品?
ともかく想像していたよりもそれはずっと小さかった。
形のバラエティーはいくつかあった。円盤のような皿(皿のような円盤かもしれない)、大中小の筒、ピラミッド型、そして極めつけが上の写真、穴が閉じられたうつわ。これうつわでないのです。上部に穴は開いていないので、何かをいれるうつわではないのだ。
ぼくはそれに対面して、なんか変な気持ちになった。これは一体なんなのだろう。ボウルだったら欲しいのにとも思った。

上の写真はギャラリーの方にもらったDMなのだが、このうつわのようでうつわでない何かがDMの表紙になっている。これは「うつわとの決別」と考えるのは、すこし深読みしすぎだろうか。
八木一夫の「花瓶をつくっていて、最後にその口を閉じてみたわけです」、とかなんとか。何かの本でそのようなことが書いてあったことを思い出してもいた。
DMにははっきりこう書かれている。「工芸からの脱却を試み、はや2年。ファインアートに昇華した黒田泰蔵作品は…」。
この文章の意味するところが、日常の食器の生産中止だとすれば、ひとつの優れた老舗食器店が廃業したということと同等の意味だ。それも、型もなく、継ぐ人もなく?
ぼくは、黒田泰蔵の食器をほとんど持っていないが、これは、1人の陶芸家が人生をかけたデザインだ。低速轆轤という極限まで美意識に配慮したデザインは、ぼくは、食器のひとつのスタンダードデザインだと思う。もううつわは作らないのか、真相は不明だが、黒田泰蔵小品展には感動と、どこか不思議な寂しさが入り混じったのは、そういうことだったのかと、今書いていて思った。
