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ルーシーリー展によせて
2009-03-31
ルーシーリー展が六本木で開催されているようだ。ぼくはまだ見ていない。イッセイミヤケさんがキュレーションしたようだ
そういえば、このまえ取材先に向かうとき、青山のイッセイミヤケのショーケースの中には開かれたルーシーリーの図録がこちらを向いていた
しかし、ルーシーリーと書いてみたものの、果たしてどれだけ彼女は認知度があるのだろう
どっぷりルーシーリーにつかっているぼくは、もう客観的な判断が不可能になっている
一時期、熱心に作品集を集めた
いまでは絶版になっている写真集もいくつか所有している
実際の作品も美術館を見て回った
いまでこそルーシー熱は平温に下がったが、優れた陶芸家は?と問われれば、その候補のひとりはルーシーリーである
ルーシーリーの魅力は何か
教科書的でつまらないが、そのフォルムだ
陶芸をしたことがあって、ルーシーリーを知っている人は、一度はそのフォルムを再現してみるものだ
できあがったものは、そこそこ美しいフォルムをしている
フォルムの美のヒントをそこでつかむわけだ
そういうフォルムをそのまままねしている陶芸作家をみかけると
ははん、ルーシーファンなのね、と心の底で思う
それは侮辱ではない、共感である
作家としてルーシーの模倣は罪?
ぼくは否、と言いたい
それぞれのルーシーへの愛の表現があるはずだから
ぞっこんラブ、ルーシー、うつわをつくりましたーといった感じである
見逃そう
さて、4年前の栃木、蔵の美術館でひっそりと、すばらしいルーシーリー展が開かれたことをご存知だろうか。
ご存じない方にレポートしたい。
栃木県栃木駅、徒歩15分程度のところに「蔵の美術館」というものがある。正式名称ではない。その一体は、歴史的に「蔵」がたくさんあるところで、その美術館は古い蔵を改装したものである
石造りだったと思うが、中にはいると、ずいぶんと空気がどっしり重くしんとしていた。
ほとんど見学者はおらず、1人、ルーシーリーの作品とじっくり向かう機会を得た。
そこには、数十点のルーシーリーの名作がずらり展示されており、小さな高台から天井へと緩やかに花開くうつわや、あの口元が広い花瓶など、よく写真集に載っている作品が多く展示されていた。ルーシーリーの生きてきた順序どおり、作品が見れるようになっていて非常に興味深かった。彼女はバウハウス系デザインをベースにした感性があり、、オーストリアからイギリスへと移って作陶した。バーナードリーチのようなセントアイブス的田舎ではなく、都会で作品作りを行っていたようだ。モダンな作家である。
初めての本格的なルーシー体験はいまでも覚えている。
陶器の肌をよく見ると、実は何色かの粘土が練りこんであって、ぼんやりとしたグラデーションになっていることがあった。実は、形だけでなくて深い色味や肌の素材感が不思議な魅力をかもしだしていることがわかった。
ただ一点、バーナードリーチに手ほどきを受けたという作品が、個人的につまらなく、彼女の個性を大きく抑制していた。
彼女は、晩年、若い男子?ハンスコパーと一緒に作品を作っていた
ハンスコパーの作品もあり、その不思議な形をしたオブジェはなかなかよかった
蔵を出ると、ずいぶんと空が明るかった気がする。夏だった。
そのころは、今の生活から考えれば時間が無限にあって、本当にどうしようもない、退屈な日々を過ごしていた。1人、栃木駅へと帰る間、本当に何もない町で、唯一の賑わいは駅前のマクドナルド。高校生がたむろしていた。彼らはきっとこの町の若者であるだろう。だが、ルーシーリーがこの町で展覧会を開いていることは知らないと思う。けれどその感じが、なんだかよりいっそう高校生たちを輝かせて(文化だの、美術だの、陶芸だの、気取ってないでとにかく欲望のまま生きることの美しさのようなものを感じた)、一方、イギリスのうつわはひっそりと洞窟の奥に眠る宝石のように思えてきて(すぐ近くにあるのに誰も気付かないというミスマッチのミステリアスさ)、その二つが絡まりあわない、なんかそんなよくわらからない感じが、後味をよくしたことを覚えている。
