キムホノさんのうつわ

 2008-05-25
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家にすてきなDMが届いた。キムホノ展だ。
キテミテキムホノ。不思議な陶版からのテレパシーにつられて、春日部のなか玄といううつわやさんへ行って来た。



キムさんは、瀬戸でうつわづくりに励む陶芸家だという。斬新な、という陳腐な表現では何も伝わらないが、店内にいたおばさまが、「斬新だわよね。(作品を持ち上げて)でも家で使うには重すぎるわね。うん、でもアートよねえ。それじゃさよなら〜」と絶妙な批評をされて去っていきました。確かにそういううつわなのである。

オーナーによれば、キムホノさんは、オブジェのような抽象表現に重きを置かれている作家のようで、そのエッセンスがうつわに注ぎ込まれている、ということ。だから、キムホノさんの食器は、実用性を意識して「使いやすいように軽く作る」、という発想は優先順位として低いのかもしれない。でももちろん、軽い器もあるし、重たすぎるものばかりではない。でも赤や青や黄色といった絵具で装飾されていたり、かたちはシンプルという形容詞とは反対側にあるようで、無印良品のような、いわゆる食器とはほど遠い。でも、器として、物を入れる空洞があるから、機能として使うということは問題ない。使えるかどうかという判断が伴うのは、多くの場合がその装飾性が気に入るかどうかと、料理を盛り付けたり、飲み物を入れた際に、調和するかというコーディネートに疑問符がつくからだと思う。無印良品のように、白くシンプルなうつわは、、多くの場合、料理の盛り付け後をイメージしやすい。それは、ある意味、安心である。

そういう意味では、キムさんのうつわは、無印良品のうつわほど安心感は得られないかもしれない。でも、もしかしたら、というワクワク感と、コーディネートする技量を試されるという、またこちらもワクワク感があり、とにかく、ワクワク感がある器なのだ(結論が雑である)。

だから、受け入れられる人には受け入れられる。一部熱狂的なファンも多いだろう。店主によると、この展覧会には手違いがあって、初日、作品が1個も届かなかったそうだ。運送業者のミスで、春日部市と春日井市を間違えたらしいのだ。春日井市は愛知県だ。だから、初日は、キムホノさんと、お客さんのお茶飲み会だったそう。それから、三日後、やっと作品が届いた。お客さんの中には、まだかまだかと東京から3回も来た人がいたそうである。

ぼくは、ぐい飲み?と湯のみ?らしきサイズのものを購入した。そして、以前愛知県で行われた加藤委氏とキムホノ氏の2人展のカタログがあったのでいただいた。この展覧会はいわゆる陶芸展というよりも、現代美術展のような趣で、それは、双方の作家が陶芸界という限られた世界のみならず、よりひろいアートとというジャンルでも魅力ある作品だからなのだろう。
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