京都、滋賀、大阪、陶磁をめぐる旅5/5

 2008-06-29
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午前9時に宿泊した滋賀県の草加駅から電車に乗り、守山駅で下りる。ここから出ている佐川美術館へ向かうバスに乗る。本数は一時間に2、3本と少ない。バスは定時よりもずっと前について、スタンバイしている。乗り込んでみると、誰もいない。佐川美術館は最近の雑誌にはよくでてくるからもっと賑わっているかと思ったらそうでもないようだ。しかし、発車時刻間際になると何人か乗り込んでくる。

佐川美術館は琵琶湖に近い。窓の外に湖らしきものが広がってきて、釣りをしている人やボートがある。佐川美術館は近い。
バスを降り、入場ゲートをくぐる。



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巨大な美術館が水に浮かんでいる。






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奥には植物に隠れるように楽吉左衛門氏が設計した茶室がわずかに見える。ついさっき、ぼくの前でチケットを購入していたおばさんがお茶室は見れるのかしらとチケット売り場のスタッフに質問していたのを聞いていたが、一ヶ月先まで予約で一杯だそうだ。先ほどまで乗っていたバスの静けさと予約で一杯という言葉がうまくかみ合わないが、確かなことは、ぼくは楽吉左衛門の設計した茶室を見ることができないということだ。

美術館は水に浮かぶ神殿のようだ。

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入り口までのアプローチは等間隔の柱がある。遠くに、馬の像が見える。以前から、オブジェや彫刻、モニュメントなどにどんな意味があるのだろうかと考えていたが、その1つの役割は、人を誘導することだと思った。柱の影に、馬がちらつく。あれは何だろう。馬が近づいてくる。


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佐川美術館というのは、その名が示しているように佐川急便株式会社が作った美術館である。メインコレクションは平山郁夫氏と彫刻家の佐藤忠良氏の作品。だが、すこしまえに楽吉左衛門館が増設された。

扉が開き、中へ入るとまずは平山郁夫氏の膨大なコレクションが待っている。ぼくは実物については初めて見たのだが、マンガのようなライトタッチな絵が多いなと思った。彼はシルクロードに強く引かれていて、何度も何度もそのシルクロードが通じている外国へ調査旅行へ行っている。砂漠の中に座り、らくだが歩いている姿をスケッチしている写真があるのだが、年老いても創作意欲が旺盛な点は感心する。中東、そしてトルコあたりは一度行ってみたい。それにしても平山郁夫エリアには人が多い。多くはご高齢の方が多いが、中には20代と思しき女性同士やカップルも混じっている。日本人はとにかく美術館好きである。

さて、彫刻についてはさらりと見渡して、楽吉左衛門館へ。看板の案内どおりに廊下を歩いていくと、真っ暗な地下へと潜っていく階段が現れる。

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窓の外は水面。

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水面の中へ潜っていくようなイメージだ。

階段を下りていくと、暗い巨大なホールが広がる。

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巨大な箱の天井の一部がガラス張りになっており、地上の水面が移っている。そこから光がこぼれてくるのだが、ホールは暗い。

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そして、ここからは撮影禁止という看板が立っている奥が展示室だが、お化け屋敷のような真っ暗な部屋である。

すーっと入って行くと、現れたのは幽霊ではないが、背筋がぞっとする茶碗だ。小さなライトがうつわに当てられてきらきら輝いている。展示室は闇。壁はほの暗いグレーで、木の木目がついているのだが、ひんやり冷たく、どうも木ではないような気がする。

ここは琵琶湖のほとり。水に浮かぶ美術館の地下には輝くうつわが何十点も眠っている。海賊が隠していた財宝を見つけてしまったような感動がある。そして、本当の最後の部屋には3つの茶入れが鑑賞者に見られるのを待っている。

地上へ戻ると、楽吉左衛門館と茶室がどう出来上がったのかについてのドキュメンタリービデオが流れていた。

楽さんは、佐川美術館から楽吉左衛門館の依頼を受けたとき、あまり乗り気でなかったという。

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それは、楽さんの言葉を借りれば、「茶の湯の茶碗という私の作品は美術館のガラスのケースにおさまるべきものではなく、何よりも使われることをよろこびとするものである。人の手にふれ、それで茶が飲まれる。たとえ飲むことを拒否した激しいたたずまいを見せても、それは飲まれる器であることに替わりはなく、だからこそ激しくもあり、また、優しくもある。そこにそのものがこの世に生まれた意味・命があると私は思う。ただ、私の茶碗はすでに多くの美術館にも収蔵されていたし、京都には楽美術館もある。これ以上自分の作品を美術館の展示ケースの中に閉じ込めても良いものだろうか。私には美術館という権威めいた素振りがあまり好きではなかった」。

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しかし、茶室も一緒に作られる。そこで実際の茶碗を使い、人を招き、茶の湯ができるという話を聞くと、それならばと引き受けたという。そこで楽氏は、予定にはなかったのだが、自ら申し出るかたちで設計をさせてもらえないか、と提案したそうだ。

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楽氏はVTRの中で、自分の茶碗に調和する茶室というものを作ってみたかったという。利休・長次郎の時代とは、自分の作っている茶碗は違う。時代と共に変わった。それならば茶室も変わるべきだと言っていた。設計に関しては、茶碗作りと同じで、大きなうつわを作っているイメージといっていた。

楽吉左衛門館はそれ自体が楽氏のうつわである。楽茶碗はろくろを使わずに、平べったい土をゆっくりと立ち上げていく手づくねという作法を使う。そのプロセスは、じつにゆっくり進むので、土を伸ばし変化していく形の美意識を1回1回チェックしていかなくてはならない。そうしてできるのは、美のかたまり。楽氏の茶碗に時おり現れる釉薬の筋は自然のものではなくて、筆で自ら書いたものだ。すべて自分の美意識のコントロールによって、茶碗のどの面積にも気を配っている。ディティールへの配慮というか執念というか、そういうものづくりをしている人が、空間を作るとそれは、美のかたまりのような空間ができるわけである。足を踏み入れたときの不思議な感動に、楽氏が単なる陶芸家ではなく、優れた表現者であるということを感じざるを得ない。

そんなことを考えながら、一時間ほど電車にゆれる。大阪へ着く。ホテルに荷物を置き、淀屋橋を歩く。

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まだ、外は明るい。周辺の地図を見て、大阪市立東洋陶磁美術館への道のりを確かめる。

途中、きれいな建物が出てくる。

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鼓笛隊が演奏しているが、何のイベントだかは定かではない。

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大阪市立東洋陶磁美術館では、「天にささげる器」という企画展が開かれている。

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これは朝鮮の祭器を展示したイベントだ。館内はストロボをたかなければ、写真撮影可になっている。写真撮影が可能な美術館は海外では多いが、日本では珍しい。

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儒教思想の白い肌合いには、ぞっとするような存在感がある。、風景と断絶する、くっきりとした存在感。極めつけの色だと思う。見ていると思考がすっきりする。

常設展示もまわるが、あまりに数が多すぎて気になったものだけをパチリとして、出る。

腹が減ったので、里山カフェに入る。無添加の素材を使ったごはんは優しい。

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皿の下に、一枚の紙が挟まれている。

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よろこびをもって食べること。

よろこびをもって食べること?

旅の最後に投げかけられたメッセージは、「よろこびをもって食べること」だった。
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