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ルーシーリー展、2つのみどころ

 2009-04-15
「数が少ないぞ」。
六本木の美術館で開催されているルーシーリー展に行って来た。率直な感想は、ずいぶんとルーシーリーの作品が少なく残念だった。肩透かしを食らった。

目玉作品がポスターになっているピンク色の作品くらいしかなかった。あれでは、ルーシーリーの魅力は十分に伝えられていない。うつわのフォルムや生地の深い色合いなど、十分にわからない。なぜ、これほど作品が集まらなかったのか疑問が残る。
だが、陶製ボタンはかなり充実していた。見たことのない形、色がずらりと並び、とても興味深かった。イッセイミヤケの服に付けられて展示されているのもなかなかよかった。だが、メインの展示が寂しい。

しかし、それでもこの展覧会には価値があった。まず、ルーシーリーのインタビュー映像が見られるということだ。轆轤を回す姿、花瓶の口と胴体を接合する瞬間など、未知なる発見があった。特に、窯から作品を出す、いわゆる「窯出し」がすごい。次から次へと、お宝が出てくる感じ。ルーシーが最深層にある作品を取り出すために、落っこちそうになる姿はこっけいだが、いとおしい。そう、映像の彼女は、85歳(75歳?)というおばあちゃんなのだ。65歳まで、バーナードリーチが認めなかったため、作品が売れず十分な収入でなかったというレポートがあったが、これはすごいことだ。なんという制作欲、そして生命力。非常に感銘を受けた。作り続けるというその行為が何より重要なのだと思った。

そして、この展覧会のもうひとつの価値は、ガンペールという優れた木工作家に出会ったことだ。ぼくは、1番最初に見られる硝子越しにある木のうつわに心を打たれた。それは、高台が小さく、天に向かって口が広がっていく大きなうつわ。形ははシンメトリーではなくわずかにゆがむ。生地は、木目こそ際立っているが、ゆがむ形のせいか均整の取れた流れではなく、内側にはふしのようなものがあり、一部木目の流れを破壊している。
これは、日本の信楽焼き、もしくは伊賀焼きと共通する美意識で作られていると直感した。つまり、形はゆがみを愛で、肌合いは自然に任せるという美意識。無垢の木は乾燥すると、自然とゆがんでくる。ガンペールも作品を削った後、最後はその自然のゆがみに任せるという。信楽・伊賀の思想を木工で実現している。とかく、自然を人間が制圧するという伝統が地盤のヨーロッパの作家が、このような自然に任せるという東洋的な感覚でモノづくりしていることに驚いたが、そもそも単純にそのうつわの美しさに感動してしまった。そもそも単純にうつわの美しさに感動するという経験が最近なかったので、新鮮だった。

だが、やはりルーシーリーの小ぶりな椀が欲しいのだった。一体、いくらなんでしょう。

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